医者が予測できない薬の作用:心臓の薬が脳に効いた! (BBC-Health, January 9, 2019)
人はなぜ病気になるのだろう。原因も治療法も十分に分かっていない病気も少なくない。脳神経に関わる「mental health illness (精神疾患)」も、その一つだ。したがって、患者はもちろんのこと、これを治療する専門医も、苦闘を強いられている。
そもそも、脳の、どの組織が、なぜ不具合を起こすのか、また、どうすれば、その異常を正常に戻すことができるのか、治療薬はどのように働くのか。現代医学が、これらの疑問に明確に答えることができるほど、進歩しているとは、到底思えない。
これまで、科学史上では、予想外の実験の結果が、大発見につながることが間々にあった。科学者にとって、データの示す疑問、不可解さに、研究のヒントを見つけることができるか、できないかが極めて重要だ。
London大学「University of College London」の Dr Joseph Hayesらの研究グループは、重度の精神疾患(総合失調症、双極性障害など)のスウェーデン人患者142,691人分の「生涯カルテ (life-long medical records)」を分析したところ、思わぬ発見があった。
精神疾患の患者が、抗コレステロール薬「Statin (スタチン)」、2型糖尿病の治療薬「Metformin (メトフォルミン)」、それに血圧を下げる薬を服用した際に、精神疾患の症状が抑えられ、治療回数が10 - 20%減少し、「self-harm (自傷行為)」も減っていることを突き止めた。
Dr Hayesらは、データ分析の結果から、次のように考える。
・スタチン:精神障害に深く関与する炎症を緩和するか、抗精神疾患薬の体内への吸収を促進する働きがある。
・降圧剤:総合失調症、双極性障害に関与する、脳神経細胞のカルシウム・シグナル伝達を改善する働きがある。
・メトフォルミン:患者の気分を改善する。
Dr Hayesは「It's incredibly exciting. (これは、信じがたいほどエキサイティングな発見)」と喜びを隠しきれない。安価で、ごく普通に処方されている薬が、深刻な精神疾患の治療に効果があったとは.......。
ただし、London大学「King's College London」精神医学研究所の Dr James MacCabeは、Dr Hayesらの発見には、問題がないわけではないと言う。
問題の一つは、研究はデータ分析に留まり、まだ、臨床実験によって、十分に確認されていないこと。
また、一般に、治療薬の有効性は、これを服用した被験者と、しなかった被験者の結果を比較して判断するに対して、Dr Hayesらの研究では、同じ被験者が一生の間に、特定の薬を服用したときと、服用しなかったときの受診回数を比較しただけ。これでは、症状が安定しているときに、被験者が、たまたま、StatinsやMetforminsを飲んでいたとも考えられる。
しかし、偶然であれ、本当に効果があったにしろ、精神疾患に苦しむ人にとっては朗報だ。これまで、誰も予想しなかった発見は、いずれ、大規模な臨床実験で、その真価が明らかにされるはず。そのときまで、自己判断でStatinsやMetforminsを飲まないようにとの注意がある。
なお、Dr Hayesらの研究結果の詳細は、医学雑誌「JAMA Psychiatry」に発表された。
(写真は添付のBBC Newsから引用)