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文章を綴る、練る、寝かせるには「紙とペン」が一番:手書きの魔力! (RTE-News, Nov 8, 2023)

'Another benefit to writing by hand is that is puts less strain on our brains'. Photo: Darius Bashar/Unsplash

 作家 (writers)によっては、小説やエッセイを書くに当たって、下書きなしで、すぐにワープを使って原稿の作成作業に入る人もいると聞くが、私の場合は、考えをまとめて文を綴る際には、「紙とペン」が欠かせない。

 

 文章の下書きは、キャンバスに描く絵のデッサンによく似ている。キャンバスに鉛筆、木炭・コンテを走らせるように、本来、雲や霧のように漠然として捉えどころのない世界のものを、白い紙の上に思いどおりに具現化する作業は、H.G.Wellsではないが、4次元の時空を縦横無尽に駆け巡る、この上なく自由で、創作的で楽しいものだ。

 

 さて、Universidad de Murcia (ムルシア大学)の Javier Marin Serrano教授らは「手書き中の脳の働き」に関する論文を科学雑誌「The Conversation」に発表した。標記のRTEの記事は、その抄録版で、次のような文章で始まる。

 

”At the beginning of 1882, the philosopher Friedrich Nietzsche received a machine called the “ Malling-Hansen Writing Ball”, a nifty little gadget covered with keys. The thinker’s eyesight had been getting worse, to the point where he could no longer write by hand. In March of the same year he was able to continue writing thanks to this new instrument.”

 

[ 1882年のはじめ、哲学者フリードリヒ・ニーチェは、一台の小さな すばらしい器械を受け取った。その器械の上半分はキーボードで埋め尽くされていた。モーリン・ハンセン・ライティングボールと呼ばれる初期のタイプライターだ。その頃、ニーチェの視力はどんどん悪くなる一方で、ついに、手書きで文書が書けなくなっていたのだ。ところが、その年の3月になると、ニーチェは、その新しい器械のおかげで、再び文書をしたためることができるようになった。]

Malling-Hansen writing ball, as used by F. Nietzsche following his loss of eyesight. The keyboard is oval in shape, and the roll that holds the paper is inserted underneath.

  ニーチェの友人で作曲家の Heinrich Köselitz (ハインリッヒ・ケーゼリッツ)は、そのニーチェのタイプ原稿を見て、驚いた。それまでのニーチェの文体 (文書スタイル)が、まったく変わってしまっていたのだ。「more terse and succinct (そっけない、短い文章)」になり、ニーチェの哲学自体も変化したように思えたほどだった。

 

 これこそ、「The medium is the message.(思考の媒体は、それ自体がメッセージである。)」ことを如実に物語る良い例だった。すなわち人間のからだの動きは、思考・感情と複雑な関係で結ばれている。心理学で「sensory-motor processses (感情運動プロセス)」と呼ばれているものだ。

The Art of handwriting

1.Memory ability:記憶力

 文章を書くに当たって、手書きにするか、それともタイプ打ちにするかによって、人間の脳の文書処理 (word processin)は大きく変わってくる。

 2021年に発表された、短い単語を記憶する実験では、手描きで覚えたグループの成績が、タイプ打ちのグループよりも優れていた。

 また、Paul Sbatier大学が実施したインドのベンガル文字、グジャラート文字を学習する実験によると、タイプ打ちで単語を覚えても、時間が経つとほとんど忘れてしまうことが実証されている。(Human Movement Sicence, 2006)

 

 これらの研究結果から、「紙とペン」で単語を記憶するやりかたは「more embodied (より体現的)」であるため、深く記憶に残ることがわかる。

 

2.Mental resources:メンタル・リソース

 手書きのもう一つのメリットは、文章を書く際の「脳の負担 (ストレス)」が小さいことにある。これに対し、タイプあるいはキーボード入力では、多くの「メンタル・リソース」が必要になる。とくに、タイプスピードが上がるにつれて「mental load (心の負担)」が急増するため、単語の記憶がままならなくなるのだ。

 

Handwriting - Liam Geraghty

3.Planning and composition:文書のプランと構成

 手書きにするかタイプ入力にするかによって、人間の脳の文書処理 (word processing)は、大きく変わってくる。頭の中で思ったことを文章にする際に、タイプ操作にまごついたり、「認知プロセス (cognitive process)」が追いつかないと、文章を作成している間にアイデアや必要な情報を忘れてしまうのだ。

 学生に手書きで作文・エッセイを書かせる実験では、タイプ入力に比べて文章の「quality, length and fluidity (質、長さ、流暢さ)」が向上した結果となった。また、「紙とペン」は「キーボード入力」よりも、文書のプラン、推敲に十分な時間が割かれたという。

Correcting the Leaving Cert & The Decline Of Handwriting

4.Longer and better quality texts:長文で優れた文章

 ただし、「Meta analysis (メタ・アナリシス)」の結果では、ワードプロセッサを使って文書を書くと、多くの場合、文章は長めになって、グレードも上がるとされる。

 

5.A disembodied mind:実態のない心

 仮想空間が舞台となった映画「Matrix (マトリックス)」では、肉体のない「心」がテーマだった。「Plato's cave (プラトンの洞窟の比喩)」は、実態の影を実態と勘違いしている人間を揶揄する。しかし、現実の世界では、人間の心はからだの動きと切り離せないものだ。

 すなわち、認知システムはからだの動きとその時の感覚・感情に深く関わっている。コンピュータにキーボード入力する際は「minimal sensory involovement (最小の感覚関与)」の文章となり、したがって、出来上がった作品は、「紙とペン」で仕上げた文章に比べて、ただシンボリックな文字が連なるだけで「実態のない心」に近いものとなりがちだ。

 

6.Implications for education」教育上の示唆

 以上のことから、思考力・認知力を高める上で「手書き」が極めて重要であることは明々白々。それにしても、北欧の Finlandでは、学校で手書きをなくしたと伝えられるが、それが子どもの教育にとって、本当によい判断だったのかについては疑問が残る。今後の研究と、その教育効果を見守る必要がある。

 

おわりに:ワープロどころか、子ども・学生までが生成AIを使って文章を書く時代だ。その結果、本人の思考・分析力のまともな評価が不可能になり、授業におけるレポート提出もほとんど意味をなさなくなった。便利なクルマに頼って歩かないでいると、体力が極端に落ちてしまうのと同じように、AIに文章を書かせていると、やがて母国語・外国語の読み書き能力が低下し、そのうち、まともな文章が書けなくなるのは必定。(話ことばと書きことばは違う。英文、和文にかかわらず、多くの学生にとって、文章の磨き上げは必須の課題だ。)

付記:新年あけましておめでとうございます。読者のみなさんにとって素晴らしい年でありますように。

                            (写真は添付のRTE-Newsから引用)

 

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