体内時計の「チックタック」:遺伝子レベルの解析で分かったこと! (RTE-News, Sep 1, 2023)
スペインの登山家 Ms Beatriz Flamini (50歳)が、グラナダの洞窟から姿を現わしたのは今年2023年 4月14日。その洞窟に入って500日目のことだった。もちろん世界最長の滞在記録。その経験談を聞かれた Ms Flaminiは、洞窟に入って 65日目に、すべての時間感覚を失った、と答えたという。しかし、本人が語ったように、本当に 65日目であったのかは定かでない。
また、1962年、フランスの洞窟探検家 Mr Michel Siffeが、イタリアの「スカラソン洞窟 (Scarasson Chasm)」で 58日間を過ごした。しかし、本人は、洞窟で過ごした日数は 33日と思い込んでいたという。もちろん、どちらの場合も、洞窟に時計を持ち込まない、単独滞在だった。
人間のからだには、体内時計が備わっていて、暗闇でも時間を感じることはできる。ただし、置かれた環境によって、わずかながら、その時計にズレが生じることが知られている。
体内時計は人間に限らず、地球上のすべての生物が有する特別な時間機能だ。いったい、その時計は、どのような仕組みで「概日リズムリズム (平均 24.2周期)」をつくりだしているのだろうか。
この疑問の解明に、Universität Wien (ウイーン大学)の研究者 Mr Audrey Matが挑戦する。以下は、Mr Audreyらの研究グループが科学雑誌「Conversation」に発表した論文の要約版だ。
1.The tick of life's clocks(体内時計の「チックタック」)
たとえ光の届かない暗闇の中でも、体内時計は「時」を刻み続け、
・sleep/wake cycle:睡眠・覚醒サイクル
・body temperature:体温調整
・hormones:ホルモン分泌
・cardiovascular system:血液循環システム
は、もちろんのこと、からだの分子レベルの細胞から、からだ全体に至るまで、正常な機能の維持に欠かせないリズムをつくりだしている。
もちろん、体内時計には負の側面もあり、夜になるとぜん息の発作を起こし、朝には脳卒中のリスクを高めるのも、この時計のせいだ。
また、「shift work (交代勤務)」によって概日リズムが壊れると、ガンの発症リスクが高まる可能性があるとも指摘されている。
さらに、人間に寄生する「Trypanosoma brucei (ブルース・トリパノソーマ)」は、そのメタボリズムを人間の免疫系に同調させていることが知られている。ツェツェバエが媒介するこの寄生虫は「African trypanosomiasis (アフリカ・トリパノソーマ病HAT)」と呼ばれる「sleeping sickness (眠り病)」を起こしては、人間を死に追いやる恐ろしい原虫だ。
2.Genes: the great clockmakers(時を刻む:時計遺伝子)
地球上の生物の「biological clock」は、太陽の周りを周回する地球と月の運動に同期している。このため、天体の運動・軌道システムが、生物の概日リズムの進化に影響を与えたことは明らかだ。しかし、その時計は、夜と昼の変化に関わらず、一定のリズムで動く仕組みを持っている。
その「circudian click mechanism (垓日時計のメカニズム)」が初めて明らかにされたのは1970年代のこと。ショウジョウバエ (Drsophila)に時間のリズムをコントロールする時間遺伝子 (period genens)」が見つかったのだ。
2つの異なる時計遺伝子が相互に「transcription and translation (転写・翻訳)」を繰り返すフィードバック・ループによって、約 24時間周期の時間を刻んでいた。
遺伝子Aが遺伝子Bの発現 (expression)を促して、それが一定量に達すると、今度は遺伝子Bが遺伝子Aの発現を抑制する。遺伝子Aの発現量が減少すると、また遺伝子Bが遺伝子Aの発現を促すというサイクルだ。
ただし、日中は、光受容体 (photoreceptor)の「Cryptochrome (クリプトクロム)」によって、時を刻む振動因子が調整されている。
この他にも、体内時計の精度を上げるために、複雑な分子・神経ネットワークが働いているとされる。
このように、体内時計は、2つの異なる遺伝子発現量の振動に基づいているものの、時計遺伝子 (clock genes)は、生物によって、みな違っている。
これまで垓日リズムの研究は
・cyanobacteria:シアノバクテリア
・fungi:菌類
・plants:植物
・animals(humans):動物 (人類を含む)
など、「taxa groups (生物群)」ごとに進められている。
なお、生命体の「時計遺伝子 (time givers [zeitgebers])」は光、温度、餌などの環境変化に同期 (synchronise)していることも知られている。
3.An internal clock synchronised by the environment (体内時計の時間合わせ)
時差ボケ(jet lag)で狂ったヒトの体内時計は、もとに戻す (re-synchronise)ことが可能だ。
時計遺伝子はもちろん光を感知できない。しかし、網膜 (retina)が光を捉えると、その情報は、「reino-hypothalamic pathway (網膜視床下部路)」を通して、体内時計の中枢「視交叉上核」に直接伝えられる。その情報に基づいて、概日リズムの「clock protein (時計遺伝子タンパク質)」の産出が調整される。
ただし、体内時計の1時間のズレを調整するためには、まる一日の時間が掛かる。
なお、西の方角に移動すると、一日の時間が長くなるため、東の方角に移動するよりも体内時計の修正が楽になる。
また、夜明けに光を浴びると体内時計が進み、日没に光を浴びると体内時計が遅れ、日中の光は なんの影響も及ぼさない。
4.Other times, other clocks (季節性、さまざまな生物時計)
生命体の活動 (biological process)
・migration:渡り
・reproduction:繁殖
・hibernation:冬眠
・flowering of plants:花の開花
などは、垓日リズムの他に、季節性 (seasonality)によって変化する。しかし、生命体が、どのようにして、その季節性を感知しているのかについては、現在、十分に解明されていない。
海洋生物の「ecosystem (生態系)」は、「solar cycles (夜と昼のサイクル)」と「lunar cycles (干潮と満潮のサイクル)」がつくりだす
・phase of the moon:月の満ち欠け
・light:光の強さ
・tides:潮の満ち引き
・seasons:季節
によって大きな影響を受けている。
たとえば、corals (サンゴ)の産卵 (laying eggs)は、一年のごく短い時間に行われ、「Polychaete worm (エラコ)」などの海洋ワームは月に一度、真っ暗な海で一箇所に集まっては、「reproductive dance (繁殖ダンス)」パーティを行なう。そして死に絶える。
さらに、「mid-Atlanticridge (太平洋中央海嶺)」の深さ1,700mの「hypdrothermal vents (熱水噴出孔)」の周りに棲息する「mussel (イガイ)は、最も過酷な生存環境に関わらず、「生理学的な時間調整 (temporal coordination in physiology)」を行なっていることが明らかにされている。
おわりに:科学者は、もっと謙虚な姿勢で自然を見つめなければならない。とくに医学に携わる人間は、病気の原因、その予防、ならびに治療が、それぞれ、まったく別の世界と考え、自分の専門分野に閉じこもりがちだ。たとえば、臨床医は、患者に対して治療薬を処方するだけで、病気の原因、予防について語ることは、ほとんどない。
人々の要望と医学関係者の考えが完全にズレてしまっている。
(写真は添付のRTE-Newsから引用)